変体仮名

変体仮名のこれまでとこれから 情報交換のための標準化
https://www.jstage.jst.go.jp/article/johokanri/58/6/58_438/_html/-char/ja/

つまり,謡曲「井筒」の歌詞は「紀有常の娘と契り」であるのに,粗忽者が「紀有常の娘『とちぎり』」というように,「とちぎり」が名前だと勘違いしてそれを娘に付けた,という笑い話である。この噺には4度「とちぎり」という文字並びが出てくるが,初めの3回は語頭を表す仮名字体で書いて,珍妙ながらも名前であることを示しているが,最後は助詞を表す仮名字体で書いて,正しくは「と契り」なのに,というオチを導いているのである。これもまた,たとえ同じ字母から発していても,前近代の日本語表記のシステムの中では,変体仮名の使い分けが情報伝達に重要な機能を担う場合があったことを,よく表した事例である。